その5
むせかえるような夏の匂いが強烈に、猛烈に押し寄せてきた。
梅雨明けのそれと同じような湿気と暑さが煩わしく、今が5月であることを忘れてしまう。
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夏が嫌いだ。
夏と冬を比較する者があるが、あれは愚鈍だ。
冬に求められるのは辛さに対する忍耐であり、夏に我々が求められているのは、不快に対する忍耐で、この両者は決定的に異なるように思えるのだ。
冬は悪くない。
冬の寒さは刺すように辛く、体は縮こまり寂寞とした視界におしつぶされる。
感傷に浸る余地もなく冷徹な人混みに放り出されてはささくれ立つ季節。
だからこそ人や家、風呂、布団は温もりがコントラストのように際立って僕に優しいし、ここに冬の良さが詰まっている、と思う。
夏の不快に比べたら、
冬でいい、ずっと冬がいい。
それでも夏はやってくる、去年と同じ、むせかえるような匂い、頭頂部をぐんと押す低い空、萌える全力の緑、それから。
今年も僕の夏がやってくる。
君と過ごす夏、ではないけれど、それでも僕達には等しく夏がやってくる。
最後に蒸し暑いだけの夏を過ごしたのはいつだったか。煌めく夏が、夏に煌めく君がいなかったのは。
濃すぎる夏の空気に包まれたたくさんの思い出に塗りつぶされないくらいの期待感が今もある。
今年の夏が、楽しみだ。